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ジャパン・クオリティ

新しい価値をつくるための文化の理解

187年前の古い家が伝えてくる価値それは・・・

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●公開日:2017.01.13 ○更新日:2017.01.13 ■構成・文・写真:川村 みきを

名馬の産地として知られている岩手県遠野市。撮影の仕事を終えた帰り道にクライアントに連れて行っていただいた一軒の古い家。どうやら中に入って見学が出来るらしく、入場料が大人350円で設定されていた。

山のふもとに建っている一軒の家

山のふもとに建っている一軒の家

せっかくなのでクライアントとスタッフとわたしの3人で見学することに…

 

何の予備知識も無いままにひと通り見学を終えて、クライアントとスタッフと一緒に休憩室の自動販売機で温かい珈琲を買って飲んでいる時に近くに置いてあったこの一軒の古い家の資料を手にとって初めてこの古い家の価値を知ることになる、それは…

『南部曲り家・千葉家』のパンフレット

南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけ』のパンフレット

この一軒の古い家は『 南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけ』というちゃんとした名称があって、国の重要文化財に指定されているそうだ…

「こんな古い家のどこにそんな価値があるんだろう…」

率直にそう思ったが、のちにこの、 南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけのことを調べてみればみるほどに何ていうか、奥の深さを知ることになる。

南部曲り家・千葉家

南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけ

見学させていただく前に管理事務所の方に撮影の許可をいただいていたので、何気なくカメラは回していたけど後日、東京に戻ってから、もっとしっかり撮影しておけば良かったと後悔した、なぜなら…

南部曲り家・千葉家2

南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけ2

この 、南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけは、2016年6月から約10年間かけて保存修理工事に入り、その過程で解体されるとのこと。

この記事を書いているのが2017年1月だからもう保存修理工事に入っているはずだ。そう考えると、わたしが訪れた時の状態のあの『 南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけ』はもう二度と見られないんだろう…

そう思うと、ちゃんとコンテンツとして残しておこう…という気持ちになったが、これまでわたしはまったく“ 日本の家 ”というものについて意識を向けたことがなく、この記事を書いている2017年1月の時点では、基礎的な知識がほとんどないという状態だ。それでも…

日本全国の残していかなくちゃいけないもの

日本全国様々な場所で動画の撮影をさせていただくうちに、次の時代に残して行かなくちゃいけない日本文化が数多くあることに気づき、そこに対してわたし自身の感情が動いた。その時点で一人の制作者としてやれることはもう決まっているそれは…

何かの巡り合わせで出合った“古き良き時代の日本の文化”のコンテンツをつくって伝えることだ。

なんだけど、ただ単に「古き良き時代の日本の文化を大切にしましょう」というだけのコンテンツってどうなの!?と思ってしまうのも事実だ。

古き良き時代の日本文化

古き良き時代の日本文化

もちろん、そういうストレートなコンテンツにも応えてくれる人達っているだろうけど、そういう人達って結構余裕がある人達なんじゃないかと、なぜなら…

わたしを含めて、いまを生きている人達の多くがいまを生きる事に精一杯…

もっと言えば、いまを生きる事だけに精一杯で、とてもじゃないけど古き良き時代の日本の文化に意識を向ける余裕など無いんじゃないだろうかと…

そう考えた時…

古き良き時代の日本の文化に意識を向けることがいまの時代を生きるわたし達に大きな影響を及ぼすことを理解出来れば、良いわけだ。

そして、それはとても簡単な論理で説明がつくそれは・・・

日本に住んでいるわたし達一人一人が仕事人としてこれから先、新しい価値を創造していかなくちゃ経済は伸びていかない。そのためには文化の理解が欠かせない。これは、どういうことかと言うと・・・

例えば、日本人が“米”を食べる文化だから、コンビニにはおにぎりやご飯のお弁当が並んでいるわけで、もし、日本人が“草”を食べる文化だったら…、コンビニには草のお弁当が並んでいたかも知れないということ。

“そんなこと当たり前じゃないか!”

と、思うかもしれないが、それはわたし達が生まれた時からどっぷりこの国の文化の中で暮しているから空気の有り難さと同じで、気づかないだけだろう。でも、これから先は…

これから先にわたし達が豊かに暮していくためには、何らかの仕事に従事するか、あるいは仕事をつくり出すということをするだろう。そして、それらは新しい価値を生み出すことにつながっていく。新しい価値を生み出すためには、その国の文化の深いところを知らないと生み出せないというところに戻っていくわけだ。

これはどんな業種業態にも通ずることで、その国や土地の文化を理解するからそこで暮らす人達にとって、新しい価値になる何かを生み出すことにつながる…

もっと言えば、これからのわたし達は新しい価値を生み出していかなくちゃまともな暮しさえ出来なくなる…そんな瀬戸際に立たされている。そう考えると、わたし達が暮らすこの国の文化に通ずることがわたし達にとって、どれだけ重要なことかは、少しはご理解いただけると思う。

それがこれから伝えていくこのコンテンツのコンセプトだ。そして、今回は“日本の住まい”に意識を向けてみようかと・・・

古き良き時代の日本の住まいのひとつ“南部曲り家なんぶまがりや”とは?

世界でも類を見ない独特な住まいの文化を築き上げてきた日本、その独特な住まいの文化のひとつに“南部曲り家まがりや”というものがある。

その“曲り家(まがりや)”の中でも代表的なのが“南部曲り家なんぶまがりや”、その中でも有名なのが、『 南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけ』だ。

岩手県遠野地方に伝わるエピソードなどを記した“遠野物語”にも登場しているこの、南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけは、今から約200年前の江戸時代(1830年から1867年頃)に建てられた代表的な“南部曲り家”。

そもそも、“南部曲り家なんぶまがりや”とはどんな家なのか簡単にいうと…

母屋おもや馬屋まやがL字型に一体化している家屋のことを“曲り家まがりや”と呼ぶ、ちなみに母屋おもやとは、人間が暮らす居住空間のことで、馬屋まやとは、馬が暮らす居住空間のこと。つまり…“曲り家まがりや”というのは、人間と馬がひとつ屋根の下で暮らす家のこと。

その曲り家に“南部”とついているのは、この曲り家が岩手県南部領地方(旧南部藩領)の岩手県部分のほぼ全域に存在したことから、“南部曲り家なんぶまがりや”と呼ばれるようになったということ。そして、千葉家との関係とは…

南部曲り家の案内パネル

南部曲り家なんぶまがりやの案内パネル

南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけの“千葉家”と“南部曲り家”の関係は?

江戸時代に肝煎り(きもいり)という、人の世話をしたり、二者の間を取り持ったりする役職を務めた、武士の身分を持つ家柄だった千葉家。つまり、千葉家というのは千葉一家という意味。

代々、山林業などで財を成し、最寄りの駅から自宅までを所有地だけを通って行き来が出来たという、言わばお金持ちだったわけだ。

それだけ広大な土地を持っていた千葉一家、そこに四代喜右衛門(1792-1870)という人が飢饉で困窮した人々の救済のためにと10年の歳月をかけて、公共事業として建てたのが、南部曲り家なんぶまがりやというわけ。

そこには25人の人達と20頭の馬達が生活をしていて、その25名の内の15名は作男(さくおとこ)で、雇われて耕作つまり畑を耕し、作物を作っていたと伝わっている。

実際に南部曲り家・千葉家を訪れて、中に入って見た印象は、とても25名は住めないんじゃないかなって。まず、どのような形で寝泊まりしていたのか?が想像出来なかった・・・

もっとも、最初は母屋おもやが今から約200年前の1830年ごろに建てられて、そこから馬が暮らす馬屋まやを増築したり、人間が暮らす母屋おもやを改造したりしながら時代を超えてきて、今から43年前の1974年には、民宿を営むために大改造を施している。

187年前の1830年ごろに飢饉で困窮した人々を助けるために 南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけを建てた、四代喜右衛門が187年後に生きているわたし達に伝えてきているものはなんだろうか?

南部曲り家と千葉家の関係

南部曲り家と千葉家の関係

昔から人々が暮している家が民宿になった!?

交通機関や宿泊施設が整備されていなかった時代というのは、一般の民家が旅行者に宿を提供することは珍しいことでは無かったらしい。

確かに、よく昭和の古い映画などでは“一宿一飯の恩義”というセリフを聞いたことがあるけど、これこそまさに一般の人が(見知らぬ)旅行客に宿と食事を提供したことの恩義を表現しているフレーズだ。

かくして、この『 南部曲り家・千葉家なんぶまがりや・ちばけ』も1974年からは民宿も営むようになった。ここでわたしは最初、勘違いしていたんだけど…

これまで人が住んでいた南部曲り家・千葉家を完全に民宿として使うようになったというわけではなく、人が住みつつも、(見知らぬ)旅行客に宿と食事を提供するようになったということ。

古い建物の良さを残しつつ、電気やガス水道などの配管などを刷新して新築の時以上に性能を向上させていき、その時代に合ったデザインや間取りに変えたりして中古住宅に新たな価値を生み出す・・・

まさに、現代の言葉で言えば、中古住宅に、新たな価値を生み出すそう、“ リノベーション ”と言えるだろう。

187年前に造られた一軒の古い家をリノベーションすること…ここから“リノベーション”というものの本質読み取れるんじゃないだろうか?

南部曲り家にあった“みの”と“かさ”

南部曲り家にあった“みの”と“かさ”

馬と人がひとつ屋根の下で暮していた!?

南部曲り家・千葉家の大きな特徴のひとつに、馬と人がひとつ屋根の下で暮していたというのがある。

現地を訪れた時も、この「馬と人がひとつ屋根の下で暮していた」ということがポイントのようで、“ここは馬が暮していた馬屋まやです”という案内があった。

人が暮らす母屋おもやと馬が暮らす馬屋まやがL字型にくっついて“曲り家”になったというわけだと解釈している。

187年前に生きた25人の人達と20頭の馬達がひとつ屋根の下で暮していたその意味について、そしてそこから現代のわたし達が受け取れるヒントや価値について次は考えてみようかと…

南部曲り家の人と馬の共存

南部曲り家の人と馬の共存

 

●公開日:2017.01.13 ○更新日:2017.01.13 ■構成・文・写真:川村 みきを